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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
見い、あのどよめき声がそれだ」
「それでは、彼方へお渡りかもしれませぬな」
「駒は、お曳きか」
「御厨ノ伝次、お曳き申し上げたようです」
「弓は」
「お弓は、人見新助へお持たせあって」
「やはりそうか。……やれまた、心もとないぞ。十郎、殿の様子を窺うて来い。模様によっては、直義もすぐまいる」
さっきから、眉くもらせて、何かそぞろな直義だった。
彼のそんな気がかりは、なぜかといえば、ゆうべ佐々木道誉から兄高氏へ、意外な文使いがあったのである。
――扨々、御不音ひさし。その後は、侘びられつつも、華雲殿このかた、拝面の機もめぐまれず、遺憾しごく。
ついては明日、曠れの場を用ゐ、馬上帯弓の装ひにて、久々の御あいさつ申さむとこそ存ずれ。お覚悟いかに。
闇の角力は味気なきもの。弓取りは弓取りらしく、白日下にての見参せむ。
伊吹てんぐ
足利てんぐ殿御侍者
ゆうべ、道誉からの文使いをうけた折、高氏はその手紙を、直義にも見せ「これ見ろ、なんと女みたいな筆蹟ではないか。あの婆娑羅が」と、ただ笑った。
兄には、なんの感情の揺れもないが、直義は読んで腹が立った。
なるほど筆蹟は見事だが、その文意たるや、驕慢な揶揄である。