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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
「でも、どうにもならぬ」
「ははあ?」
左近は、意気ごみを引いて、急に考えをかえたらしい。
「ムム、さすが御警戒とみゆるわ。では、ここの御滞在中を幸いに、直々のさる朝臣と、とっくり御密談していただけますまいか。拙者がなにを申そうよりは」
「長逗留の心はなけれど。……その朝臣とは」
「すぐる日の淀川舟にて、すでに姿だけは、お見知り合いの」
「日野蔵人どのか」
「その俊基朝臣でおざるが」
「会うてなんの密談を」
「さ、それも拙者の言と軽んぜられ、二の足も三の足もお踏みでは何もならぬ。が、もうここまでお打明けしたこと。……じつは」
猪首をかがめて、上わ眼で、高氏を睨むように見た。
左の手が、小刀のある脇腹にかくされたのは、脅しとしても、物騒な姿勢である。高氏は見まいとした。こういう時は地蔵菩薩を念じていよ、とよくいった母のきがどこかで聞えた。
「――げに、おそれ多いが、すでに、やごとなき辺りより、内々の綸旨も賜わっておる儀なので」
彼の小声はつづいている。
その密語のうちには、日野蔵人のほか――花山院師賢、烏丸成輔、四条隆資、日野資朝らの名が洩らされ、討幕の綸旨をおびたそれぞれは、折あるごとに、山伏や雑人に姿をやつし、諸国の武門を密々説きまわっている今――とも確言した。