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ずいひつ みやもとむさし

随筆 宮本武蔵

吉川 英治

Read 随筆 宮本武蔵 (ずいひつ みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 141,786 characters · 278 screens

Aozora Bunko

序

序

古人を観るのは、山を観るようなものである。観る者の心ひとつで、山のありかたは千差万別する。

無用にも有用にも。遠くにも、身近にも。

山に対して、山を観るがごとく、時をへだてて古人を観る。興趣はつきない。

過去の空には、古人の群峰がある。そのたくさんな山影の中で、宮本武蔵は、私のすきな古人のひとりである。剣という秋霜の気が、その人の全部かのように荊々しく思われて来たが、彼の仮名文字をようく見つめているとわかる。あんな優雅なにおい、やさしさ、細やかさ、虚淡な美を、剣を持つ指の先から書きながす人が、過去にも幾人とあったろうか。

子どもが好きだ。漂泊の途で、不幸で質のいい子を見かけると彼は拾う。銀の猫をやって立去った西行さんより人間的だ。なぜなら、彼も不幸な子だったから。

自ら伸ばそうともしない生命の芽を、また運命を、日陰へばかり這わせて、不遇を時代のせいにばかりしたがる者は、彼の友ではあり得ない。大風にもあらい波にも、時代がぶつけて来るものへは、大手をひろげてぶつかり、それに屈しないのが、彼の歩みだった。道だった。

近代の物力以上、近代人の知能以上、系図や家門が重んじられた社会制度の頃に生きて、一郷士の子という以外、彼は何も持たなかった。