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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
「お離しよ、わたしの裾を!」
どんと、対手の胸を突いたのが悪く、かえって、孫兵衛のために、そのきき腕をつかまれた上、触るるも忌わしい膝の上へ捻じつけられて、あたら丸髷の根を揉み壊されてしまった。
「お綱ッ、情の強いのも程にしろよ」
「わたしには、弦之丞様という、心に誓った人があるというのに、まだそんなくどいことを」
「おう、恋仇があるときけば、なおさら俺の根性として、てめえを弦之丞のものにさせねえのだ」
「ええ、誰が、お前なんぞに! ……」腕に腕を絡んでもぎ離そうとしたけれど、孫兵衛の膝はビクともせずに折り敷いて、なおかつ、女の足掻き悶える態を心の奥で陶酔している。
「喚け喚け、いくらでもジタバタいたせ。ここは関の明神と違って、何とてめえが騒いだところが、無住な伽藍も同じ空屋敷……、旅川周馬のいねえうちは、この孫兵衛と二人よりほかに、誰も出てくる者はいない場所だ。は、は、は、はは……お綱! もういい加減に我を折れよ」
ひしと抱きすくめた孫兵衛、歯を食いしばるお綱の顔を覗いて、その頬へ自分の頬をすりつけて行こうとする。
お綱は、苦しまぎれに顔をそむけて、すり寄せてきた十夜頭巾の端に、ムズと爪を立てたのである。