Japanische Klassiker mit Furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Lesen Sie 万葉秀歌 (まんようしゅうか) von 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 213.820 Zeichen · 427 Bildschirme
「ささなみ」(楽浪)は近江滋賀郡から高島郡にかけ湖西一帯の地をひろく称した地名であるが、この頃には既に形式化せられている。
一首は、楽浪の志賀の辛崎は元の如く何の変はないが、大宮所も荒れ果てたし、むかし船遊をした大宮人も居なくなった。それゆえ、志賀の辛崎が、大宮人の船を幾ら待っていても待ち甲斐が無い、というのである。
「幸くあれど」は、平安無事で何の変はないけれどということだが、非情の辛崎をば、幾らか人間的に云ったものである。「船待ちかねつ」は、幾ら待っていても駄目だというのだから、これも人間的に云っている。歌調からいえば、第三句は字余りで、結句は四三調に緊まっている。全体が切実沈痛で、一点浮華の気をとどめて居らぬ。現代の吾等は、擬人法らしい表現に、陳腐を感じたり、反感を持ったりすることを止めて、一首全体の態度なり気魄なりに同化せんことを努むべきである。作は人麿としては初期のものらしいが、既にかくの如く円熟して居る。
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ささなみの志賀の大曲よどむとも昔の人に亦も逢はめやも 〔巻一・三一〕 柿本人麿
右と同時に人麿の作ったもので、一首は、近江の湖水の大きく入り込んだ処、即ち大曲の水が人恋しがって、人懐かしく、淀んでいるけれども、もはやその大宮人等に逢うことが出来ない、というのである。