Japanische Klassiker mit Furigana
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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
Lesen Sie 仏教人生読本 (ぶっきょうじんせいとくほん) von 岡本 かの子 (おかもとかのこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 124.886 Zeichen · 246 Bildschirme
ちょっと私たちに見えなくなるだけだ。人の生死はちょうど大河の水面上に現れた水泡が時々浮んでは、また消えるようなものだ。河の表面にある水は機会さえあればいつでも泡の形になれます。そしてその泡がたとえ一時消えてもやはりもとの水に還るのであって決してなくなるものではない。なおその上に、その泡がもとの水に還った部分の水は、河水の表面近くを流れているので、そのうちに機会さえあれば再び泡になり得るのであります。がしかし、河水全体から見るときは、河水の一部分が泡になろうが、またそれが消えてもとの水になろうが、泡も水ですから、全体として少しも増減がありません。泡になったために河水が増えもしなければ、泡が消えたために河水が減るのでもありません。もとのままで流れて行きます。ただ水の一部分が時折り形を変えて泡になったり、飛沫になったりするだけです。それも必ずもとの河水中に帰って来ます。
人間の生命も、宇宙全体に漲る大生命の一分派であります。その大生命は絶えず進転しています。その流動の上に現れた一つの泡が私たち一人一人の生命なのです。この世に人間という形を以て現れて来まして、いろいろの芸当をやって見せますが、時期が来れば楽屋裏の大生命の根拠地へ帰らねばなりません。