Japanische Klassiker mit Furigana
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠1
中里 介山
Lesen Sie 大菩薩峠1 (だいぼさつとうげ) von 中里 介山 (なかざとかいざん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 200.314 Zeichen · 398 Bildschirme
社会史の一角に、多少の参考材料を失うかも知れない。それで、右の角屋の如きも二百七十年以前、島原始まって(すなわち寛永十八年、六条から今の地に移った時)以来の建築であって、そのほかにもこれに類するものがあるとしてみれば、時代の家屋の建築上からも一個の参考物であると、或る意味からこれを尊重する気になって、素見に来た道楽者が思わず知らず社会学者となり考古学者となってしまいます。
島原が秀吉から許された天正十七年は、江戸の吉原が徳川から許された元和三年より三十年の昔になる。大阪の新町も、その創立を元和から寛永の頃とすれば、いずれにしても島原より弟であり妹である勘定になります。
そうして、柳町から六条へ移り、「新屋敷」の名が「三筋町」となり、三転して今の朱雀へ移って、「島原」の名を得たのが、寛永十八年ということで。
「去んぬる頃より一つ合せて、七条西朱雀、丹波街道の北に島原とて、肥前天草一揆のとりこもりし島原の城の如く、三方はふさがりて、一方に口ある故に、斯様には名け侍り」(浮世物語)
都名所図絵には、
「また寛永十八年に今の朱雀野へ移さる、島原と号くることは、その昔、肥前の島原に天草四郎といふもの一揆を起し動乱に及ぶ時、この里も此処に移され騒がしかりければ、世の人、島原と異名をつけしより、遂に此処の名とせり」