Japanische Klassiker mit Furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme
「鹿の鳴くこえを聞けば昔が恋しゅうて」とは、決して妻こう鹿のなく声ではありません。恋に泣き、悋気に悩むその声です。社会苦に泣き、人間苦に悩むその切ない叫びです。「衆生疾むが故に、われ亦疾む」という菩薩は、とうてい大衆のやるせない叫びに、耳を傾けずにはおられないのです。「他人は他人、俺は俺だ」などといって、すましてはおられないのです。「大悲駭いて火宅の門に入る」で、もうジッとしてはおられないのです。「逢いたさ見たさに来たわいな」というのはそれです。だが、それは決して久米の仙人が、神通力を失って、下界へ墜落した、というようなものではないのです。それは転落ではなくて、随順です。墜落ではなくて、やむにやまれぬ菩薩の大悲です。「照れば降れ降れば照れとの叫びかな」で、私ども人間は勝手なものです。照ればもう降ってくれればよい。降れば、もうやんでくれればよい。実に気儘な存在です。その頑是ない駄々っ子のような私どもを、ながい目で見守りつつ、いつも救いの手をさしのべるのが菩薩です。げに菩薩とは、自分の生きてゆくことが、そのまま他人の生きてゆく光ともなり、力ともなり、塩ともなりうる人です。