Japanische Klassiker mit Furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme
第六講 因縁に目覚める
商人の話
だといいます。私は『般若心経』のこの講義を契機として、真に般若の道を学びつつ、歩みつつ、如実に一つの道をシッカリと歩んでゆきたいと思っています。そして少なくとも、「生死岸頭に立って大自在を得る」という境地にまで、すみやかに到達したいと念じている次第であります。
第六講 因縁に目覚める
無ク二無明モ一。
亦無ク二無明ノ尽クルコトモ一。
乃至無ク二老死モ一。
亦無シ二老死ノ尽クルコトモ一。
商人の話 昭和九年の春、AKから『般若心経』の放送をしている時でした。近所の八百屋さんが宅へ参りまして、家内に、冗談のように、「この頃は毎朝、お宅の先生のラジオ放送で、空だの、無だのというような話を聞かされているので、損をした日でも、今までと違ってあんまり苦にしなくなりました」といって笑っていたということですが、たとい、空のもつ、ふかい味わいが把めなくても、せめて「裸にて生まれて来たになに不足」といったような、裸一貫の自分をときおり味わってみることも、また必要かとおもうのであります。その昔幕末のころ、盛んに廃仏棄釈をやった水戸の殿様に、ある禅寺の和尚さんが、
「君は僅かに是れ三十五万石、我れは是れ即ち三界無庵の人」