Japanische Klassiker mit Furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme
生をあきらめ死をあきらめる
が、しかしです。「無用の用」こそ「真の用」ではありませんか。理窟と見るは所詮僻目です。「空」の原理、「不生不滅」の真理、それは偽ることのできない道理です。いや、どうしても疑うことのできない事実です。仰せの通り、われわれ個人には、生き死にがあります。「自分の家」では、赤ん坊が生まれたかと思うと、「隣りの家」では、悲しい不幸が起こっているのです。人に生死があるように、世間にもまた生滅があります。
しかしその生死の根本を尋ねたならばどうでしょうか。道元禅師はいっております。
生をあきらめ死をあきらめる 「生を諦め、死を明らむるは、これ仏家一大事因縁なり」
と。だがしかし、生を諦め、死をあきらめることは、豈に独り仏弟子のみに局らんや、です。それは、万人の必ず心すべきことではないでしょうか。しかも「生死を諦めた人」こそ真に「生死を見ざる人」です。生死を見ざる人こそ、実に「生死に囚われざる人」です。しかも、この生死に囚われざる人にして、はじめて「不生不滅」の真理を、まざまざと味わうことができるのです。
身はたとい武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂
の辞世を残し、悠々として刑場の露と消えたあの吉田松陰、松陰先生こそ、実に生死に囚われざる人です。