Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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はんにゃしんぎょうこうぎ

般若心経講義

高神 覚昇

Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme

Aozora Bunko

がありましょうか。悟りすました天上の世界には、宗教の必要はないでしょう。しかしどうしても夢とは思えない、あきらめられない人間の世界にこそ、宗教が必要なのです。しかもこの人間味を、深く深く掘り下げてゆきさえすれば、自然に宗教の世界に達するのです。自分の心をふかく掘り下げずして、やたらに自分の周囲を探し求めたとて、どこにも宗教の泉はありません。まことに、

「尽日春を尋ねて春を得ず。茫鞋踏み遍し隴頭の雲。還り来って却って梅花の下を過ぐれば、春は枝頭に在って既に十分」(宋戴益)

です。

「咲いた咲いたに、ついうかされて、花を尋ねて西また東、草鞋切らして帰って見れば、家じゃ梅めが笑ってる」

です。一度は、方々を尋ねてみなければ、わからないとしても、「魂の故郷」は、畢竟わが心のうちにあるのです。「家じゃ梅めが笑ってる」です。泣くも自分、笑うも自分です。悩むも、悦ぶも心一つです。この心をほかにして、この自分をのけものにして、どこにさとりの世界を求めてゆくのでしょうか。求めた自分は、求められた自分なのです。求めた心は、求められた心なのです。だから釈尊は、人間の苦悩はどうして生ずるか、どうすればその苦悩を解脱することができるか、という、この人生の重大な問題をば、この「十二因縁」