Japanische Klassiker mit Furigana
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せいかつといちまいのしゅうきょう
生活と一枚の宗教
倉田 百三
Lesen Sie 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) von 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 69.276 Zeichen · 137 Bildschirme
親鸞聖人と罪悪観
これは結局どうしなければならぬかというと、自分の手をあべこべに塵の中に突っこんで、それでもかまわないというふうになるよりほかにのがれることはできないのであります。強迫観念というものののがれ方はすべてそうでありまして、私なんかも強迫観念でありますが、それからどうしてものがれることができない。それと一つになるよりほかにのがれ方がない。
親鸞聖人と罪悪観
親鸞聖人もそういうように罪悪に対して、非常に潔癖である。すこしの罪も気にかかる。だからほんとうの善人なのであります。トルストイがいかに厳粛であったといっても、親鸞ほど潔癖ではない。世界じゅうで親鸞ほど内省が深刻で、正直な人はないと私は思っておりますが、それは一種の潔癖性であります。普通の目から見れば、つまりほかの人が見ればそんなに悪い人ではないがと思うが、自分ではきたないきたないと感ずる。そういうような心の状態であったと思うのであります。それで親鸞がその罪の呵責からのがれるところのたった一つの道は、つまりその罪のなかに手を突っこんで、どんなに穢れてもかまわないということにならないと、自分の生をおちつけて人さまのなかに交じって生きていることはできない。