Japanische Klassiker mit Furigana
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はんにゃしんぎょうこうぎ
般若心経講義
高神 覚昇
Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme
死なぬ人
生死を怖れざる人です。生死に随順しつつ、生死を超越した人です。不生不滅の真理を体得した人、いわゆる死んで生きた人であります。生前その妹さんに贈った手紙のうちにこんな言葉があります。
死なぬ人 「さて死なぬ(不生不滅)と申すは、近く申さば釈迦、孔子と申すお方は、今日まで生きてござるゆえ、人が尊みもすれば、有難がりも、おそれもする。楠正成公じゃの、大石良雄じゃのと申す人は、たとい刃ものに身は失われても、今もって生きてござるではないか」といっていますが、たしかに、それは味わうべき言葉だと存じます。またその愛弟子の一人、品川弥二郎に贈った手紙のうちにも、
「死生の悟が開けぬようでは、何事もなしえない」
ということを、細々と教えていますが、わずか三十歳の若さで、国事に斃れた吉田松陰こそ、まことに生死を越えた人です。生死をあきらめた人であります。
「われ今国の為に死す。死して君親に負かず。悠々たり天地の事。鑑照神明にあり」
(吾今為レ国死。死不レ負二君親一。悠々天地事。鑑照在二神明一)
といった、かれ松陰の肉体は消えました。しかし、その君国のために生きんとする、尊き偉大なる精神は、今日もなお炳乎として明らかに、儼然として輝いています。