Japanische Klassiker mit Furigana
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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Lesen Sie 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 261.216 Zeichen · 521 Bildschirme
ひとつの矛盾をしりぞければ、また新しくひとつの矛盾がなだれてくる。
神のごとき純なお千絵に、生涯の傷手を与えて去ることは、かの女を幸福にすべく起った初志をみずから裏切っていないだろうか。
また、ちょうど同じこの禅定寺峠で、去年の夏――お千絵様を! と合掌して落命した唐草銀五郎に対しても、破誓の罪がないだろうか。
理性はそれを問う、良心は弦之丞にそれを責める。
といって?
ここまで永い苦難をともにしてきたお綱を。ああ、お綱をどうしよう?
弦之丞も今はそのお綱を、分りきっている嘆きの底に突き落して顧みぬほど、冷やかにはなりきれない。
ましてや、ふたりは義理のある仲である。かれも、それを思いこれを思う時は、凡智の男になって断腸の思いがするのだ。いや、弦之丞でなくとも、誰かよくこの数奇に結ばれた運命を公平に裁き得るだろうか。
「ゆるしてくれ」
苦しい、心の遠くで、
「旅だ、果てのない旅だ。わしは未来の靄に姿をぼかして行こう。忘れてくれ、お綱も、お千絵も……」
と思いきる。
ふと、かれは唇のふるえを噛んで、あらぬ方へ面をそむけた。
さっきから、お綱は何ごともいわず、化石したように、じっとうつむいたきりであったが、苦悶の横顔に、ありありと弦之丞の胸を察して、今は、いたたまれないような気持に迫られていた。