Japanische Klassiker mit Furigana
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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
Lesen Sie 仏教人生読本 (ぶっきょうじんせいとくほん) von 岡本 かの子 (おかもとかのこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 124.886 Zeichen · 246 Bildschirme
維摩は経の中の問疾品において、文殊の問いに答えて、
衆生病む、故にわれ病む。
と答えております。これは維摩詰が仏陀の自覚に立っていう言葉で、宇宙の大生命は一体のものである。その生命の一箇所の衆生が病めば全体生命の自覚に立つところの仏陀が病んだことになるのは当然であります。故に自分が身代りになって病気をします。仏陀にとっては衆生は自分の身体も同然だからであります。
しかし、この考え方はあまり大き過ぎて早速私たち普通人には間に合いかねます。人々みな仏性を持っている以上、そう自覚する資格はあるのですが、ちょっといま、差当り、その気には大胆になれません。そこで、この意味をもう少し程度を低めて普通の実用程度に解釈したいのです。
それは、病苦というものは、その犠牲を払うことにおいて何らか周囲に利益を与えておるのだと考えることです。
事実、腫物などというものは黴菌が体内へ入って来たのを血液内の白血球が食い止めてともに刺し違えて死んだ筋肉上の塚ですから、肉体の他の部分にとっては感謝すべき無名戦士の墓です。
また、熱だの痛みなどというものも肉体が不健康状態に陥ったとき、それを知らせる肉体機構の妙用で、いわば警報器です。