Japanische Klassiker mit Furigana
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
Lesen Sie 堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (だらくろん(ぞくだらくろん)) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 84.198 Zeichen · 171 Bildschirme
西洋流の学問をして実証精神の型が分るとこういう一見フザけたことはすぐ気がつくが、つけ焼刃で、根柢的に日本の幽霊を退治したわけではなく、むしろ年と共に反動的な大幽霊と自ら化して、サビだの幽玄だの益々執念を深めてしまう。学問の型を形の如くに勉強するが、自分自身というものに就て真実突きとめて生きなければならないという唯一のものが欠けているのだ。
毎々平野謙を引合いにして恐縮だが、先頃彼の労作二百余枚の「島崎藤村の『新生』に就て」を読んだからで、他の批評家先生は駄文ばかりで、いかさま私が馬鹿げたヒマ人でも駄文を相手にするわけには行かない。
「新生」の中で主人公が自分の手をためつすかしつ眺めて、この手だな、とか思い入れよろしくわが身の罪の深さを思うところが人生の深処にふれているとか、鬼気せまるものがあるとか、平野君、フザけたもうな。人生の深処がそんなアンドンの灯の翳みたいなボヤけたところにころがっていて、たまるものか。そんなところは藤村の人を甘く見たゴマ化し技法で、一番よくないところだ。むしろ最も軽蔑すべきところである。こんな風に書けば人が感心してくれると思って書いたに相違ないところで、第一、平野君、自分の手をつくづく眺めてわが身の罪の深さを考える、具体的事実として、それが一体、何物です。