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Japanische Klassiker mit Furigana

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はんにゃしんぎょうこうぎ

般若心経講義

高神 覚昇

Lesen Sie 般若心経講義 (はんにゃしんぎょうこうぎ) von 高神 覚昇 (たかがみかくしょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 106.121 Zeichen · 213 Bildschirme

Aozora Bunko

ですからこの心眼を開けばこそ、私どもは、形のない形が見えるのです。心耳をすませばこそ、声なき声が聞こえるのです。俳聖芭蕉のいわゆる

「見るところ花にあらずということなし、おもうところ句にあらざるなし」(吉野紀行)

というのはまさしくこの心の眼を開いた世界です。心の耳をすまして聞いた世界です。つまり観察するという心持でもって、大自然に対した芸術の境地であります。ところで、いま観世音は実にこの心の眼を、大きく見開いて、一切を観察するとともに、また心の耳をすまして、一切の音声を聞かれた、いや、現に聞かれつつあるのです。そして慈愛のみ手を一切の人々のまえにさしのべられつつあるのです。

さてこの観世音菩薩が、「深般若波羅蜜多を行ずる時」というのは、どんな意味であるかというに、すでに申し上げておいたごとく、それは、観音さまが甚深微妙なる般若の宗教を実践せられたということで、観世音は、単に心の眼を見開いて、般若の哲学を認識せられたのみでなく、進んで般若の宗教をば親しく実践されたのです。ところで、この「深」という文字ですが、この深という字については、昔からいろいろむずかしい解釈もありますが、要するに深は浅の反対で、深遠とか、深妙とかいう意味です。