Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
えどげいじゅつろん
江戸芸術論
永井 荷風
Lisez 江戸芸術論 (えどげいじゅつろん) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 85 130 caractères · 167 écrans
をもぢり、または団十郎『暫』の台詞になぞらへたるが如き滑稽の文字甚だ多し。江戸の都人は最も惨澹たる天変地妖に対してもまた滑稽諧謔の辞を弄せずんば已む能はざりしなり。滑稽の精神は徳川時代三百年を通じて一貫せる時代精神の一部たりしや遂に誣ふべからざるなり。
和歌は『万葉集』の撰ありて後吟咏の法式厳然として一定せられたり。滑稽諷刺の意をあらはさんとするやたまたま落首の一変体ありしといへどもいまだ完全なる一形式をなすに至らざりき。徳川氏の治世に及びて一般文化の発達と共にここに俳諧狂歌の新体を生じたるは決して偶然にあらず。この二者は和歌の貴族的なるを砕いて平民的に自由ならしめたるに外ならず。
俳諧は元禄時代芭蕉出るに及びて革新せられたり。芭蕉のいはゆる正風を称道したるは按ふに当時俳諧師の品性甚堕落しつづいて俳諧本来の面目たりし軽妙滑稽の意義随つて甚俗悪野卑に走りしを見て、ここに一種清新幽雅の調を出さんと欲したるものなるべし。然れどもその咏吟を見れば、
飯蛸の寺を持つべき顔もなし 芭蕉
弁慶は夏もかこみの羽織かな 同
なりにけりなりにけりまで年の暮 同
の如き、正風といへども決して滑稽諧謔を排斥したるに非ざるを知るに足る。