Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ふくおうじでん
福翁自伝
福沢 諭吉
Lisez 福翁自伝 (ふくおうじでん) de 福沢 諭吉 (ふくざわゆきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 209 912 caractères · 402 écrans
又四男五女のその男の子と女の子と違いのあられよう訳けもない。世間では男子が生れると大造目出度がり、女の子でも無病なれば先ず/\目出度いなんて、自から軽重があるようだが、コンな馬鹿気た事はない。娘の子なれば何が悪いか、私は九人の子がみんな娘だって少しも残念と思わぬ。唯今日では男の子が四人、女の子が五人、宜い塩梅に振分けになってると思うばかり、男女長少、腹の底から之を愛して兎の毛ほども分隔てはない。道徳学者は動もすると世界中の人を相手にして一視同仁なんて大きな事を云てるではないか。況して自分の生んだ子供の取扱いに、一視同仁が出来ぬと云うような浅ましい事があられるものか。唯私の考に、総領もその他の子供も同じとは云いながら、私が死ねば総領が相続する、相続すれば自から中心になるから、財産を分配するにも、外の子に比較して一段手厚くして、又何か物があって、兄弟中誰にも遣りようがない、唯一つしかないと云うような物は、総領の一太郎が取て宜かろうと云うくらいな事で、その外には何も変ることはない。例えば斯う云う事がある。明治十四、五年の頃、月日は忘れたが、私が日本橋の知る人の家に行て見ると、その座敷に金屏風だの蒔絵だの花活だのゴテ/\一杯に列べてある。