Classiques japonais avec furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lisez 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 122 971 caractères · 246 écrans
第三十
この年万延元年六月二日に枕山の長子が生れると間もなく殤した。母は太田氏梅である。
十二月十三日に枕山は和泉橋なる藤堂家の祝宴に招がれた。律詩の題言に「伊賀中将公名士ヲ本邸ニ招飲ス余モマタコレニ与ル。」云々。藤堂和泉守高猷は従四位左少将から「出格の思召を以て」左中将に昇進したのでその祝宴が開かれたのである。『続徳川実記』には昇進の日を十二月十六日となしている。
第三十
文久紀元辛酉の年枕山は歳四十四、毅堂は歳三十七である。
正月三日に雪の降ったことが枕山の『詩鈔』に見えている。
鷲津毅堂は安政戊午の秋その妻佐藤氏を喪いやがて継室川田氏を娶ったのであるが、その年月を詳にしない。しかし長女友の生れた後、この年文久辛酉の九月四日には次女恒が生れた。但し明治の後に至って調製せられた下谷区の戸籍簿には恒を以て長女と記している。恒は明治十年七月十日神田五軒町の唐本書肆の主人林櫟窓の媒介で、毅堂の門人尾張の人永井匡温に嫁した。恒は今ここにこの下谷叢話を草しているわたくしの慈母である。
毅堂の継妻川田氏は名を美代という。豊前中津の城主奥平大膳太夫昌服の家来川田良兵衛、諱某の二女。