Classiques japonais avec furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lisez 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 122 971 caractères · 246 écrans
を著し神童と称せられた。数年の間修験者となり金華葛城の諸山を巡歴し、江戸に帰って長野豊山の門に入り経義を学ぶこと一両年。一たび幕府の倉吏となったが、天保の初梁川星巌が詩社を開くに及びこれに参し、職を辞して後放蕩のため家産を失い、上総東金の漁村に隠棲した。父の訃に接して一たび江戸に帰ったが重ねて毛総の諸邑に漫遊し、安政五年戊午の春には家を京師に遷した。漫遊するごとに詩集を刊刻している。わたくしの経目したものを挙ぐれば、嘉永二年刊刻の『雲如山人集』七絶の部及び七律の部二巻。嘉永三年の『墨水四時雑詠』一巻。安政三年に刻せられた『晃山遊草』一巻。文久年間に刻せられた『湘雲詩鈔』四巻。『島雲漁唱』一巻。及『雲如先生遺稿』である。妻某氏は武州八王子の人。夫の没した後その晩年の詩稿を携えて生家に帰った。これが明治二十年に至って八王子の人秋山義方、小島為政の二人の刊刻した『雲如先生遺稿』である。大沼枕山の序に曰く「某詩話ニ曰ク、古人ノ詩老イテ頽唐ス。皆少壮ニ若ザルナリト。余イヘラク、コノ語非ナリト。何ゾヤ。則チ少陵ハ州以後、山谷ハ随州以後更ニソノ妙ニ臻ル。而シテ放翁七十余ノ作イヨ/\絶妙ト称セラル。