Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

ja-reading.com

Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

Lisez 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 122 971 caractères · 246 écrans

Aozora Bunko

わたくしは毅堂が日録の全文を取って妄に次の如くに書きかえた。

「己巳九月二十一日。余東京ヲ発シテ治所ニ赴カントス。藤森少参事、矢野権大属。兼松、矢田、高木ノ三少属。寺西、岡島、信田、遠藤ノ四史生相従フ。黒田権少属熊城史生ハ昨十九日ヲ以テ先ニ発セリ。野口、北村、沼尻ノ三権少属ハ各家累ヲ挈ゲテ後継ト為ル。コノ日ヤ天気牢霽、朝暾菊章ノ伝符ニ映ジ閃閃トシテ光アリ。服部、水谷、永井ノ三生、児精一郎ラ送ツテ千住駅ニ到ル。駅吏預メ亭ヲ掃ツテ待ツ。乃チ酒ヲ命ジテ飲ンデ別ル。(児精一郎ハ藩命ヲ以テ東京ニ留学ス)過午草加駅ニ飯ス。越ヶ谷大沢ヲ歴テ粕壁ノ駅ニ投ズ。諸僚佐皆来ツテ起居ヲ候フ。晩間雲意黯淡タリ。明日ノ天気知ルベカラズ。」

わたくしはここに鷲津知事に随行した人々の中に婢妾しげ次と呼ばれた女の加っていた事を書添えて置かなければならない。毅堂は妻子を名古屋の家に留めて置いたので、任所に赴くに莅んで縫の労を取らしむるがためにしげ次を雇入れたのである。しげ次は下谷三味線堀に住した左官職人某の娘で、翌年主人が東京に還り家族を呼迎えた後もなお主家に留り、主人が世を去る時まで誠実に仕えていたので、正妻川田氏は深くしげ次を憐み、資金を与えて和泉橋通に絵草紙店を開かせたそうである。