Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

Lisez 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 122 971 caractères · 246 écrans

Aozora Bunko

湖山は安政六年水戸の疑獄に連坐し、五年の間参州吉田の城内に蟄居していたが、文久三年に赦免せられてから姓を小野、字を長愿、名を※(「にんべん+同」、第3水準1-14-23)之助と改めた。湖山は国事に奔走した功によって維新の際太政官権弁事に任ぜられ記録編輯の事を掌ること僅に三個月ばかり、母の病めるを聞き官を辞して故郷近江に帰臥したのである。毅堂が湖山新居の作の韻を次いだ絶句十首の中に、「幾歳休官鬢有霜。冷然洗尽熱心腸。」〔幾歳カ官ヲ休メテ鬢ニ霜有リ/冷然トシテ洗ヒ尽ス熱心腸〕また「梁門伝法有之子。昨住玉池今小湖。」〔梁門法ヲ伝フ之ノ子有リ/昨ハ玉池ニ住ミ今ハ小湖〕等の語を見る。

明治六年癸酉十二月一日毅堂の長男精一郎、字文豹が年十九にして上総国市原郡宮原村の人元吉元平の長女とわを娶った。

明治七年甲戌十月、名古屋の森春濤がその時十四歳になる一子泰次郎を伴って出京した。泰次郎は後の槐南森大来である。春濤は枕山が仲御徒町三枚橋の家の近くに居をし、更に翌年の春頃同じ町内の摩利支天横町の角に移った。摩利支天の名を取って春濤はその居を茉莉凹巷処と称し、その年七月の頃より毎月『新文詩』