Classici giapponesi con furigana
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イエスでん
イエス伝
矢内原 忠雄
Leggi イエス伝 (イエスでん) di 矢内原 忠雄 (やないはらただお) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 220.119 caratteri · 436 schermate
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何ゆえ学者らはキリストをダビデの子と言うか。当のダビデ自身が聖霊に感じて、みずからこう言っているではないか。「主わが主に言い給う、我汝の敵を汝の足の下に置くまでは、わが右に坐せよ」と。ダビデみずからキリストを主と言うたのだから、キリストがダビデの子である法はないではないか。(一二の三五―三七)
これは詩編百十編一節の語を引用して、学者らのキリスト観を批評せられ、かつキリストは神の子であることを暗示して、御自身の権威を確立し給うたのです。
そもそもダビデはイスラエル王国建国の父として、国民的尊敬の中心人物であり、イスラエル王国復興の王たるべきキリストもまた、ダビデの子孫の中から出現する、というのが国民的期待であった。回顧してはダビデ、展望してはキリスト、そして両者の間をつなぐ王統連綿、これがイスラエルの国民的誇りであり、また国民的希望でありました。イザヤ書十一章一節に
エッサイ(ダビデの父)の株より一つの芽いで、その根より一つの枝生えて実を結ばん。
とあり、エレミヤ記二十三章五節に
エホバ言い給いけるは、視よわがダビデに一つの義しき枝を起こす日来たらん。