후리가나로 읽는 일본 고전
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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
中村 清太郎의 ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 132,905자 · 262화면
腰をおろそうとして、ためらう登山者もあろう、――これは森の精の用いる、調度ではないかと。
こうした枯木は、山腹に森林をまとった山には、必ず多少は見られる。南アルプスをはじめ、秩父、八ッ、木曾駒などはもとより、北アルプスでも、御岳、乗鞍、鍋冠、大滝、雪倉、朝日などには稀れでない。そこには、それぞれ、おのが好むところに殉じて、悔いのない、尊い姿が見られる。私は、こうした自然の立ち枯れが大好きだ。そこで私は山で、よく枯木の前に画架を立てる。
ところで、そのため、ゆくりなくも私は、枯枝には美の外に、怪があることを、知るにいたったのである。怪とは何?――枯枝が動くのである。風などのためではない、自分から動くのだ。何を馬鹿な……と言い給うか。嘘や冗談ではない。枯枝がいつともなく、形を変えるのだ。もう――十数年の昔になるが、私は二度までそれを経験したのだ。それで山の雑誌に一文を草して(拙著「山岳渇仰」に収む)、読者の一粲に供したが、待望の教示は終に得られなかった。三度目の経験は、戦争末期のことで、ここで初めて、多少立ち入った観察や、考量を加えることができたのである。