일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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やまとこじふうぶつし

大和古寺風物誌

亀井 勝一郎

亀井 勝一郎의 大和古寺風物誌(やまとこじふうぶつし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 108,647자 · 215화면

아오조라 문고

皇后の御病を縁として信仰の一切がこのみ仏に念じこめられたのだと申してもいいのではなかろうか。更に皇后の御生涯をしのぶとき一入この感は深い。

皇后は御幼名を前野讃良皇女と申し上げ、天智天皇の御二女であらせられる。斉明天皇の三年に大海人皇子の妃となり、皇子が東宮の頃はむろん壬申の乱のさ中に在っても、つねに御身近くたすけ、苦難を偕にされし方であった。書紀にも「旅を鞠ひ衆を会へて、遂に与に謀を定めたまふ」と壬申の乱における内助の功を讃え、また大海人皇子登位して天武天皇となられて後、崩御さるるまで、「天皇を佐けて天の下を定めたまふ。毎に侍執たまふ際に於いて、輒ち言政事に及びて、け補ふ所多し」と記してある。天武天皇崩御の後位を継ぎ、持統天皇と申し上げたことは前に述べたとおりである。即ち皇后は御生涯にわたって、天武天皇の最もよき伴侶であり、一切の労苦を偕に忍ばれたのであった。九年、皇后御病いの折の、天武天皇の憂いは申すまでもない。薬師寺建立の勅願も、この史実をふりかえってはじめて明瞭となるであろう。

薬師三尊は、かような数々の祈念のもとに現出したみ仏である。たとい造仏の完成は後年であろうとも、天武天皇の信仰は、持統、文武、元明の三朝を通して、語り継ぎ言い継ぎ擁られて行ったに相違ないと思う。