후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
三
科学という概念も亦甚だ出這入りの多いものの一つである。科学と云えば英語やフランス語や日本語では、主として自然科学を意味している。ドイツでは之に反して大体、学一般を意味する。又哲学は科学の内に数えられたり科学から区別されたりする。だが、知る(Scio, Wissen)ということは吾々人間の生活の根本的な一つの機能なのである。この機能の結果が科学(Scientia, Wissenschaft)に他ならない。生活の文学的な特色が文学を結果するように、生活の知る機能が科学を結果するのである。人間生活の一切(行動と観念と所産)を単にそのままアンジッヒに受け取るのではなく(それなら文学だ)、特に之を促進し保持して行くという意味に於て、知るということが、生活の一般的な機能を、その活動的な特色をなす。だから歴史も、ただ単に起きたままの歴史(文学的)であると共に一定の方法によって書かれた歴史(科学的)になるのだし、政治は必ず何等かの認識の下にしか行なわれて来ていないのである。
三
生活の科学性を主張することは、ギリシア古典哲学の根本的な立場だったと見ていい。プラトンの哲学者政治論はその典型的なものだろう。