후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
それを分解しないで、或る者はX軸の上に立って常識あわれむべしと云えば、他の者はY軸の上に立って非常識あわれむべしと云うのである。
実際を云うと、平均値的科学的知識に過ぎぬ常識ならば、あまり尊敬すべき対象でないことは明らかで、又健全な見解というような意味の常識ならば、何人も健康をよしとする意味に於て、之を尊敬せねばならぬということは、自明の理だろう。
以上は常識というものに就いてのごく常識的(?)な表象を説明したまでだが、併しこれだけのことからでも、随分沢山な諸規定が導き出されるのである。例えば理性の健全性(哲学史上では常識が問題になる時はいつでもこの形でだ)と云えば、肉体の健全、健康からも類推できるように、プロポーションや調整が何よりの問題だろう。ここに社会常識というような見解の統一性や均衡や均斉が、そうした一種の人間意識のクラシシズムとも云うべきものが、この裏にひそんでいるとも云うことが出来よう。それから、こうした意識の統一均斉は社会に於ける人倫習俗とある程度までおのずから一致するだろうから、之は凡ゆる意味に於ける道徳的なノルマリティーにも連絡しているということも出来る。