일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

即ち如何にすれば対手の人間を自分の意見によって説得出来るかという、論理的な手練の研究がレトリックだったのである。処でレトリックの学問上の本籍は、正に夫が哲学又は論理学の一部門であったという処に横たわる。アリストテレスはその『レトリカ』に於て、相手が青年ならば青年らしく、相手が老人ならば老人らしく、相手が若い女ならば若い女らしく、説得の術を区別しなければならぬと考えた。そこで青年や老人や若い女の夫々の共通な人間的特色の研究が必要だと考えたのである。その結果、彼の「レトリック」は所謂人間学の出発点となったと云われているのである。それはとに角、これを見ても、哲学がどれ程言葉や話と必然的な連関のある日常的なものかということが判ろう。――弁証法が会話に基く意味をももっていたことは、云うまでもない。

第二は広く言語哲学と呼ばれている処の哲学部門がこの際の参考になるだろう。言語哲学は強いて云えばギリシアの昔からあるのであって、プラトンの諸対話篇の内にいくつかその研究が見られるが、併しこれを定式化したのは十九世紀のW・フンボルトと云われている。処がフンボルトによれば、この言語哲学的諸研究は、決して哲学の偶然な一問題ではないのだし、又特に偶然彼が最も重大視した哲学部門なのでもなくて、之が彼の哲学全体に対して中心的な位置を