후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
占めることになっているということは、注目に値いする。彼の哲学は解釈学乃至文献学(それについては最後に云うべき事柄がある)としての特色を持っているのだが、この哲学からすれば当然言語が哲学全般の問題の解決の鍵を提供する中心問題とならねばならぬ。なぜなら文献学的解釈の本来の形態は、古い記録や古典を、言葉を通じて理解することであって、言語の哲学的な機能が掴めていなくては、この種の哲学の方法が確立しないからである。
言葉乃至文章に省察を加えることを、哲学の自己省察のよすがとした第三の場合は、哲学的普遍文字(国際語)論であり、そこから系統を引く近代論理学(modern logic)である。今も云ったように哲学は言葉の制約を受けることが甚しいのであったが、言葉と云えば特別の例外を除いては、いつでも国語のことに他ならない。そこで哲学的思考や論議が国語に根本的に制約されるということになるが、そこから哲学の所謂普遍妥当性にとって見遁しがたい困難が生じて来る。或る一定の国語の行なわれている社会にとってしか通用しないような哲学は、云うまでもなく科学的な客観性を持てる筈がないからだ(この頃日本などでは東洋思想や国粋的思想の独自性というようなことを兎や角云っている人間が多いが、夫はそうした所謂思想が哲学と何の縁故もないことを告白し