일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면

아오조라 문고

姉川合戦

原因

元亀元年六月二十八日、織田信長が徳川家康の助力を得て、江北姉川に於て越前の朝倉義景、江北の浅井長政の連合軍を撃破した。これが、姉川の合戦である。

この合戦、浅井及び織田にては、野村合戦と云う。朝倉にては三田村合戦と云う。徳川にては姉川合戦と云う。後に徳川が、天下を取ったのだから、結局名前も姉川合戦になったわけだ。

元来、織田家と朝倉家とは仲がわるい。両家とも欺波家の家老である。応仁の乱の時、斯波家も両方に分れたとき、朝倉は宗家の義廉に叛いた治郎大輔義敏にくっついた。そして謀計を廻らして義敏から越前の守護職をゆずらせ、越前の国主になった。織田家は宗家の義廉に仕えて、信長の時まで、とにかく形式だけでも斯波の家臣となっていた。だから、織田から云えば、朝倉は逆臣の家であったわけだし、朝倉の方から云えば、織田は陪臣の家だと賤しんだ。

だが、両家の間に美濃の斎藤と云う緩衝地帯がある内は、まだよかった。それが、無くなった今は、早晩衝突すべき運命にあった。

江北三十九万石の領主浅井長政は、その当時まだ二十五歳の若者であったが、兵馬剛壮、之を敵にしては、信長が京都を出づるについて不便だった。