후리가나로 읽는 일본 고전
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면
東西和睦
など見ると、且元、秀頼の勘気に触れて、大阪城退出後、京都二条の家康の陣屋にまかり出で、御前で、藤堂高虎と大阪攻口を絵図をもって、謀議したりしている。
また、冬の陣の当初、大阪方が堺に押し寄せた時、且元、手兵を派して、堺を助け、大御所への忠節を見せた、など『本光国師日記』に見えている。
且元のこうした忌しい行動は、当時の心ある大阪の民衆に極度の反感を起さしめた。何某といえる侠客の徒輩が、遂に立って且元を襲い、その兵百人ばかりを殺害したという話がある。
且元、後にこれを家康に訴え、その侠客を制裁してくれと頼んだが、家康は笑って応じなかった。
当時の且元が、大阪びいきの連中に、いかように思われていたかが分るわけである。『桐一葉』に依って且元が忠臣らしく、伝えられるなど、甚だ心外だが、今に歌右衛門でも死ねば、誰も演るものがないからいいようなものの。
東西和睦
和平が成立した時、真田は、後藤又兵衛とともに、関東よりの停戦交渉は、全くの謀略なることを力説し、秀頼公の御許容あるべからずと言ったのだが、例によって、大野、渡辺等の容るる所とならなかったわけである。
幸村は、偶々越前少将忠直卿の臣原隼人貞胤と、互に武田家にありし時代の旧友であったので、一日、彼を招じて、もてなした。