후리가나로 읽는 일본 고전
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면
兵器船舶の整備を急がせると共に、黒田長政、小西行長、加藤清正をして、肥前松浦郡名護屋に築城せしめ、更に松浦鎮信をして壱岐風本(今勝本)に築かしめた。
松浦郡は嘗つての神功皇后征韓の遺跡であり、湾内も水深く艦隊を碇泊せしめるに便利であったのである。秀吉は、信長在世中、中国征伐の大将を命ぜられたとき、私は中国などはいらない。日本が一統されたら、朝鮮大明を征服して、そこを頂きましょうと云っていた。
それは、大言壮語してしかも信長の猜疑を避ける秀吉らしい物云いであったのであるが、そんな事を云っている内に、だんだん自分でもその気になったのか、それとも青年時代からそんな大志があったのか、どちらか分らない。
明けて文禄元年正月、太閤秀吉は海陸の諸隊に命じて出発の期日並びに順序を定めた。一番は小西摂津守行長、松浦法印鎮信以下一万三千、二番加藤主計頭清正以下二万二千、三番黒田甲斐守長政以下一万一千、更に四番から二十番まで総軍合せて二十八万である。尤も実際に朝鮮に上陸して戦闘に参加したのは十五万内外の人数であった。秀吉が本営名護屋に着いた四月の末頃には、既に行長清正相次いで釜山に敵前上陸し、進んで数城を占領して居る。