일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

この点ではスコラ哲学と雖も決して軽蔑すべき例外ではない。近世ではコントの実証主義や、特にはマルクス主義が、この立場を明白に宣言している。生活から科学性を抹殺しようとする無理な試みは、〔第一次〕世界大戦後発生した末期的な現代資本主義哲学(ハイデッガー・日本精神哲学、等々の国粋ファッショ哲学)のドン・キホーテ又はサンチョに一任しておけばいいだろう。では、文学と科学とをどこで区別するか、と質問されるに違いない。それは容易に答えることの出来る問題ではない。文学は表現で科学は分析だと云って見ても、又文学は直観や感情に基き科学は理性や悟性や知能に基くと云って見ても、お座なりの説明でしかあるまい。感情と理性、直観と悟性を、無雑作に対立させるのは全く安価な心理学である。問題は、文学と科学の交渉・連関と統一とにあるのであって、単なる区別にはあり得ない。で、まず初めに科学の文学的意義と、文学の科学的意義とを考えて見よう。

科学特に自然科学の性質に就いては一つの迷信が行なわれている。それは科学は生活から縁遠いものだというかたちで現われているようだ。世間では往々科学者を非常識な朴念仁と決めてかかる癖がある。