후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
四
された事にはならぬ。なる程又、芸術作品は、特にそれが古典としての資格でも持てば、デコンポーズされるのが常だ。その内から典型的なフォーミュラ(公式)を抽出出来ればこそ、古典なのである。だがこの解体の過程は、芸術理論――批評――の仕事であって、芸術自身――制作――の仕事ではない。世界観の表現形態が、即ち又現実の模写形態が、理論乃至科学と芸術乃至文学とでは、少なくとも以上のように類別を持つのである。
四
芸術(乃至そこに横たわる思想としての文学)の内で最も複雑に理論乃至科学と交渉しているものは文芸である。それは概念(言葉によって表わされる)を乗具としている点で、理論乃至科学と同じだからである。だが文芸に於て吾々は、理論乃至科学に於ける世界観―方法の関係と、芸術(乃至文学)に於ける夫との間の、平行的連関を最も特徴的に指摘することが出来るだろう。サッキは二つのものの類別が問題だったが、今度はその類別にも拘らず、両者の間の一種の同一性・平行性・等質性・等々が大事だ。文芸(一般に芸術)の制作に於て、唯物論がどういう役目を持つかの問題がそれである。
世界観は一般に、同時に生活意識である。