일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

二

だから特別に歴史的に決った内容は有てないのであるが、そうかと云って、必ずしも単に形式的なものに止まるとは限らず良心とか人間性とか云えば却って無限に豊富な内容を含蓄するものだとさえ思われている。

私は前の方の一面を道徳の習俗性(ジットリッヒカイト)と呼び、後の方の一面を道徳の心情性(ゲミュート)と呼ぶことが出来ると思う。要するに前者は人間の習慣であり後者は人間の心事である。

処で今問題を便宜上ごく抽象的に予め方向づけておけば、両者とも夫々矛盾を内に持っているという点が要点だ。習俗は固定しなければならぬにも拘らず又改革されねばならず、心情は無限に豊富な内容を持っている筈だったにも拘らず、実際それが発動する時には全く皮相な抽象的な機能しか果せない。それから又、道徳の習俗性と心情性とが実際問題としてどう結合するかということに、抑々大きな問題があるのだ。なぜなら固定した習俗である道徳律に対抗するために召し出されるものが、実は良心とか人間性とかいう心情の権威だったからである。

二

私が以上云ったようなことは別に新しいことでもなければ、又珍らしいことでもない。併し現在の日本に於ける云わば二つの良心、二つの道徳意識の対立をハッキリさせるのに、それが必要だったのである。