일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

でこの美的共通感覚それ自体に最も充全なものは特に言葉乃至概念を乗具とする処の芸術の一つ――文芸――だということにある。実際、文芸は美術や音楽に較べて、感官感覚的技術に制約されることが少なく、その意味に於て(カントの意味に従って)、非天才的であり、正に学び得る処の文学なのである。――文芸乃至文学はその意味で gemeinverst※(ダイエレシス付きA小文字)ndlich だと考えられる。

処で文芸の乗具である概念は、こうした美的(共通)感覚と共にあるが、それが一般に概念である限り、前に述べたように、同時に、概念に固有な感覚とも亦共になければならなかった。そして概念のそうした概念的感覚は、正に論理的妥当性――共通性――を持つことをこそその生命とする、だから之も亦一種の共通感覚でなければならぬ。カントは之を特に sensus communis logicus として前の共通感覚から区別した。共通理性(gemeiner Verstand)健全なる理性・健全なる常識(sound common sense)と呼ばれるものが之である。トーマス・リードの人間精神の研究の原理が之であった。