후리가나로 읽는 일본 고전
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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 192,758자 · 383화면
志賀の浦風
「それとも知らぬか」
「知ってか。ばか者」
「うつけたる、うろたえ軍」
「何のために通るぞ」
「どこへ落ちる気で――」
こう口々に罵る敵側の弾けむりの裡に、時には、どッと笑う声すらするのである。
それに対して、光春の部下は、味方の作業隊のために、必死の掩護射撃を酬いながら、尺歩丈進、押し詰め押し詰め、味方の屍を塁として、徐々に大橋の半ば以上を踏み取り、やがて左馬介の号令一呼の下から、千余騎いちどに、対岸の敵陣中に突貫した。
それは橋上ばかりでなく、橋の下の急流を、馬で渡し、筏で進み、或いは、半裸体になって、泳ぎ渡ってゆく者もあったのである。
志賀の浦風
山岡景隆兄弟や、同苗美作守などの一族は、いわゆる甲賀武士の頭目だった。
こんどの大乱に際して、さきに旅行先の堺からあわてて本国へ帰った徳川家康の道中の難儀を、甲賀山中で扶けた一種の山ざむらいも皆、この山岡一族の配下に属する者どもだったといわれている。
この一族が、節義を立てて、当初から光秀の誘降をしりぞけ、断乎として、反明智を守り通したことは、筒井順慶などにくらべると、大いに偉としなければならない。――要するにこの瀬田城は、以前、瀬田掃部助の居城であったのを、信長の代に、山岡一族に与えられたことを、深く恩としていたことによる。