일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 192,758자 · 383화면

아오조라 문고

裁きの悲歌

山崎へ着いたのは申の刻(午後四時)、先鋒三部隊の八千五百に、予備軍一万を加え、山も河も町も、兵馬の影のないところはなくなった。

「今、明智方の一軍は、天王山の東のふもとへ、死にもの狂いの突撃を開始し、お味方の中川隊と激戦中との報らせでございました」

着くとすぐ秀吉はこの一報を聞いた。秀吉は、戦機熟すと見た。で、予備軍中の加藤光泰を池田隊へ加え、また堀秀政の軍を高山右近、中川清秀の二隊へ増援させて、

「いざ。われも」

と、全軍全面にわたる大攻勢の命令を一下した。

裁きの悲歌

九日。――それは秀吉が早暁に姫路を出発していた日にあたる。

明智光秀は、この九日の朝、坂本を立って京都へ引っ返していた。

同じ日月の下に在るふたりの者の居所とその行動を見くらべて見ると、秀吉があのような心と姿で送った姫路城の八日の晩を、光秀は同じ夜、坂本の城に、どんな感慨と夢を抱いて過していたろうか。

ここで一応、本能寺変の後、それからのわずか五、六日間には過ぎないが、光秀の行動と彼に蒐まった世の衆目の機微な現われとを、顧みてみる必要もあろう。

本能寺の余燼もまだいぶっていた六月二日の当日、未の刻(午後二時)頃には、彼はもう京都を去って、