후리가나로 읽는 일본 고전
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면
四月晦日、大野治房等は樫井の敗戦から還り、大阪で軍議をした。後藤基次先ず国分の狭隘を扼し大和路より来る東軍を要撃することを提議した。前隊は基次、薄田兼相、兵数凡そ六千四百。後隊は真田幸村、毛利勝永兵一万二千。五月朔日、前隊は出でて平野に舎営した。
五日夜、幸村と勝永天王寺より平野に来り基次に云う、「今夜鶏明道明寺に会し、黎明以前に国分の山を越え、前後隊を合し、東軍を嶮隘に邀え、三人討死するか両将軍の首をとるかを決せん」と。軒昂として訣別の杯をかわした。
幸村は、大名の次男だし、基次は士大将に過ぎない。それでいて、意気東軍を呑んでいるのであるから、その気魄その勇気、今でも人気があるのは、当然である。
六日黎明、基次、東軍大和口の先鋒水野勝成、本田忠政、伊達政宗等と片山道明寺附近で遭遇して激戦の末戦死した。之より前家康、本田正信の親族、相国寺僧揚西堂をつかわし基次に帰降を勧めた事がある。その時、基次「大阪方の運開け関東危しとならば、また考えようがある。只今のように大阪方非運の場合、左様の事は思いも及ばない。さるにても、自分は、唐まで聞えた秀吉公の御子息から、此上なく頼まれている上に、今また将軍家から、そんな話があるなど、日本一の武士と云うのは自分の事だろう」