일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면

아오조라 문고

山名宗全、但馬に在って是を聞き、

「我軍功の封国何ぞ賊徒の族をして獲せしめんや」

と嚇怒して播磨を衝き、次いで義政の許しを得ないで入洛した。当時此の駄々ッ児を相手に出来るのは細川勝元だけであった。

戦乱の勃発

唯ならぬ雲行きを見て、朝廷は、文正二年三月五日に、兵乱を避ける為め改元をした。応仁とは、

「仁之感レ物、物之応レ仁、若二影随一レ形、猶二声致一レ響」と云う句から菅原継長が勧進せる所である。

而も戦乱は、その年即ち応仁元年正月十八日に始まって居るのである。

慎重な勝元は、初めは反逆者の名を恐れて敢て兵火の中に投じなかった。ところが、積極的な宗全は、自ら幕府に説いて勝元の領国を押収せんとした。かく挑発されて勝元も、其の分国の兵を募り、党を集めたのである。

細川方の総兵力は十六万人を算し、斯波、畠山、京極、赤松の諸氏が加った。即ち東軍である。一方西軍たる山名方は一色、土岐、六角の諸勢を入れて総数凡そ九万人と云われる。尤も此の数字は全国的に見た上の概算であって、初期の戦乱は専ら京都を中心とした市街戦である。

一種の私闘の如きものであるが、彼等にもその兵を動かす以上は、名分が必要であったらしい。