후리가나로 읽는 일본 고전
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면
、第4水準2-15-94)が伝えられて居る。
「去二十一日夜山名入道宗全入滅畢。其夜同一族大内新助降参方御陣に参候」(『寺社雑事記』)
此の宗全の死も、降服も訛伝であった。併し此の年の三月十九日には、鞍馬毘沙門の化身と世人に畏怖せられて居た宗全も、本当に陣中に急逝したのである。
宗全の死に後れること約二ヶ月、細川勝元も五月二十二日に病※(「歹+殳」、第4水準2-15-94)した。時に四十四歳である。即ち東西の両星一時に隕墜したわけである。而も二人の※(「歹+殳」、第4水準2-15-94)した日は共に、風雨烈しい夜であったと伝う。
戦乱はかくて終熄したと云うわけでない。東軍には尚細川政国、西軍には大内政弘、畠山義就等闘志満々たる猛将が控えて居る。併し両軍の将士に戦意が揚がらなくなったことは確かだ。
以後小ぜり合いが断続したが、大勢は東軍に有利である。先ず山名政豊は将軍に降り、次いで富樫政親等諸将相率いて、東軍に降るに至った。蓋し将軍義政が東軍に在って、西軍諸将の守護職を剥奪して脅したからである。
天文九年十一月、大内政弘や畠山義就は各々その領国に退却して居る。