후리가나로 읽는 일본 고전
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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
牧野 富太郎의 牧野富太郎自叙伝(まきのとみたろうじじょでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 94,045자 · 185화면
小学校も嫌で退学
廃刀令が出た後ではあったけれど、士族の人はなお脇差をさしていたものがあった。
小学校も嫌で退学
前に述べたように私の町には士族が多かったので、明治維新前の徳川時代に深尾家で建てた名教館という学校があって、儒学を教授していた傍ら算術なども教えていた。そして士族の子弟が皆この校へ入学していた。その教官には一廉の学者が多く、中には有名な漢学者もいた。明治の年になって後、この学校が漢学の教授を廃し、これに換うるに主としていわゆる文明開化の諸学科を教える処と成り、いろいろ日進の学術を教授していた。その学科の中には窮理学(今の物理学)、地理学、天文学、経済学、人身生理学、西洋算術などがあった。私は寺子屋からこの校に移ってこんな学科を習ったのが、それが丁度十一、十二歳の頃であった。そうするうちに明治七年になってはじめて小学校が出来たのでそれに入学したが、それが私の十三歳の時であった。この時私は既に小学校以上の学力を持っていた。それは上の名教館で稽古したからであった。
この時の小学校は上等、下等と分れ各八級ずつあったから全部で十六級であった訳だ。何んでもこれを四年で卒業する仕組みになっていたようだが、私は下等一級を卒った時小学校が嫌になって自分で退校してしまった。