후리가나로 읽는 일본 고전
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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
牧野 富太郎의 牧野富太郎自叙伝(まきのとみたろうじじょでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 94,045자 · 185화면
月俸十五円の大学助手
という雑誌に「良人を選ぶには、よろしく理学士か、教育者でなければいかん」と書いて物議を醸したりした。当時の「毎日新聞」には矢田部先生をモデルとした小説が連載され、図まで入っていた。
矢田部先生は、伊豆韮山の人で、父君は江川太郎左衛門に仕えた人であった。令息は今日音楽界に活躍しておられる矢田部勁吉氏である。
矢田部先生は罷職後も植物志を続けねばいかんといい、教室に出てきて『日本植物図解』を三冊出版されたが、後は出なかった。また先生歿後『日本植物編』が一冊出版された。矢田部先生は、大学を退かれて後、高等師範学校の校長になり、鎌倉で水泳中溺死し非業の最期を遂げられた。
月俸十五円の大学助手
矢田部先生罷職の事があった直後、大学の松村任三先生から郷里の私のところへ手紙で、「大学へ入れてやるから至急上京しろ」といってきた。私は「家の整理がつき次第上京する、よろしく頼む」と書いて返信し、明治二十六年一月上京した。やがて私は、東京帝国大学助手に任ぜられ、月俸十五円の辞令をうけた。
大学へ奉職するようになった頃には、家の財産も殆ど失くなり、家庭には子供も殖えてきたので、暮らしはなかなか楽ではなかった。