일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

吉川 英治의 剣の四君子・日本名婦伝(けんのよんくんし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 150,635자 · 306화면

아오조라 문고

関ヶ原の陣中にもいたであろう。一時は、徳川家と対陣した西軍のなかに。――戦の半ばからは味方の石田三成以下を裏切って、関東軍の一翼となった秀秋の麾下に。

けれど、五郎右衛門は、石舟斎にも弟の宗矩にも、ついぞ姿を見せなかった。

その後、慶長七年。

小早川家は断絶した。――彼もまた流浪して、伯耆国の横田内膳の飯山城に身をよせていたが、偶、その内膳は、主筋にあたる中村伯耆守に殺害され、飯山城は伯耆守の手勢にとり囲まれるところとなった。

五郎右衛門は、城内にいて、内膳の子主馬助をたすけ、まったく義のために、寄手の大兵をうけて奮戦したのであった。

城は、慶長八年の十一月十五日に陥ちた。その落城の際の彼の働きこそ、当時しばらく中国の武人たちに鳴り轟いたものであった。

五郎右衛門は、焔をついて、城から半具足で討って出たが、大太刀を揮って、仆れ歇むまで、敵の甲胄武者十八人まで斬り伏せて戦死したという。

新陰流の古勢「逆風」の太刀を平常から得意としていたので、その働きぶりは、殊にものものしかったとある。彼の従者の森地五郎八も、よく戦って斃れた。

彼の豪勇ぶりは、中国地方に、一躍、柳生流の名を高からしめた。