후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
坂口 安吾의 堕落論・日本文化私観 他二十二篇(だらくろん(ぞくだらくろん))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,198자 · 171화면
批評家をだますぐらいわけのないことはない。批評家は作家と作品の間の距離などは分らず、当人自身の書くものが距離だらけで、距離をごまかすためのヤリクリが文学のむつかしい所だぐらいに考えており、藤村ほどの不器用な人でも批評家とはケタの違う年期のはいった筆力があるから、批評家をごまかすぐらいはわけがない。問題は如何に生くべきか、であり、然して如何に真実に生きているか、文章に隠すべからざる距離によって作家は秘密の真相を常に暴露しているのである。
★
藤村も横光利一も糞マジメで凡そ誠実に生き、かりそめにも遊んでいないような生活態度に見受けられる。世間的、又、態度的には遊んでいないが、文学的には全く遊んでいるのである。
文学的に遊んでいる、とは、彼等にとって倫理は自ら行うことではなく、論理的に弄ばれているにすぎないということで、要するに彼等はある型によって思考しており、肉体的な論理によって思考してはいないことを意味している。彼等の論理の主点はそれ自らの合理性ということで、理論自体が自己破壊を行うことも、盲目的な自己展開を行うことも有り得ないのである。