일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면

아오조라 문고

とか訳しているのを発見したが、三体問題は力学の世界では極めて常識的な周知のことにぞくするのに、芸術学界に於てはそれ程常識的な周知のものではないように考えざるを得ないわけだ。或る社会で常識的なことも、他の社会では必ずしも常識的ではない。

だがそれにも拘らず、常識の発達した、或いはもっと正確に云うと常識の分量の豊富な人間というのは、色々の社会に於ける平均値的な周知的知識の所有者のことであろうから、ここに一般社会に於ける常識と、夫々の特殊社会に於ける常識との、つながりが実際に存するわけであって、従って一纏めにして、之を一般に、社会的平均値の水準に相応する、まだ科学的に最高水準には到達しない程度の又分量の知識、と云っていいのである。

この水準にさえも達しないことを、世間では、「非常識」と呼んでいる。常識と呼ぶには他の意味もあるが、少なくとも今云った意味に於てそう呼ばれることを、今は思い出すことが必要だ。科学的に高度の知識は要求しないが、せめて平均値的な程度の科学的知識は期待したのに、というのがこの非常識呼ばわりの気持ちなのだ。ここで云うまでもなく、常識とは決して、積極的に低度の未発達な知識のことではなくて、すでに或る程度にまで発達した知識であるということを、忘れてはならない。