후리가나로 읽는 일본 고전
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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
戸坂 潤의 思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,809자 · 408화면
イギリス的常識は一方大陸風の合理主義と、他方、ドイツ古典哲学の弁証法とに対立するが、合理主義と弁証法との対立が、機械論乃至形而上学と弁証法との対立に他ならぬことはここに断わるまでもあるまい。――問題は、この三つのものの関係が、現在、又特にわが国などに於て、どのような現実形態を取って現われているかであった。
元来歴史的に伝統されているイギリス風の常識は、実は極めて原生的な形の常識なのだ。之は云わば常識的な常識なのである。この常識的常識に哲学的なものを加えた最初のものは合理主義でなくてはなるまい。今日では合理主義は立派に一つの――相当哲学的な――近代常識として受け容れられているだろう。かつて之は啓蒙思想として常識化され普及されたものだが、今日では或いはモダーニズム(感覚上の合理主義)として、或いはインテリの能動性など(主知主義=社会的合理主義)として残り、或いは甦えりつつある。――イギリス風の原生的常識と、この啓蒙期的・乃至近代的・合理主義の常識とに、更に哲学的なものを加えたものが、マルクス主義的弁証法(唯物論)である。之又今日では、わが国などでは、一般の知能分子の最高常識として日常化されているものなのである。