일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池 寛의 日本合戦譚(あねがわのかっせん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,771자 · 313화면

아오조라 문고

今度之御勝に罷成候へども大御所様御運つよきにて、御勝に罷成候」と『薩藩奮記』に出ている。

斯くて、大阪方は明石全登、御宿正友、仙石宗也の諸部将相次いで戦死し、城内では内通者本丸に火をかけ、城内狼狽を極め、遂に松平忠直第一に城に入り斬獲二万余に上る。

「路には御馬印捨候を伊藤武蔵と云ふ広島浪人跡より来り捨たる御馬印を取揚て、唐迄聞えたる御馬印を捨置、落行段大阪数万の軍勢に勇士一人も無し、伊藤武蔵、御馬印を揚帰るとて御馬印を指上げ城に入る」と『大阪御陣覚書』にあるが、落城の悲惨さが分る。

大野治長は千姫を脱出せしめて、秀頼母子の助命を請うたが、その効なく、東軍は秀頼の籠る山里曲輪を目がけて砲撃したから、翌五月八日、遂に秀頼淀君と共に自刃し、治長、速水守久、毛利勝永、大蔵卿等之に殉じた。因に、『土御門泰重卿記』に依れば京の御所では公卿衆が清凉殿の屋根から大阪城の火の手を見物して居たと云う。

冬の陣はともかく、夏の陣は最初から、到底勝てない戦であったが、淀君や秀頼の衿持が強いのと幸村、盛親、基次、直之などが、いずれも剛直の士で、徳川の世に生きて、かがまっているよりも、一死を潔ぎよくしようと思っている連中ばかりなので、到頭不利な戦争をやりとげたものであろう。