후리가나로 읽는 일본 고전
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えどげいじゅつろん
江戸芸術論
永井 荷風
永井 荷風의 江戸芸術論(えどげいじゅつろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 85,130자 · 167화면
清長の好んで描く所は浄瑠璃所作事の図にして役者の後に出語の連中を合せ描きたり。この時代の出語を見るに富本常磐津の太夫には裃を着けず荒き縞の羽織を着たるものあり。天明五年鳥居清満歿するや清長は鳥居派四世をつぎその年の顔見世より寛政十年に至るまで、毎年三座劇場の番付看板を描きぬ。こは似顔の錦絵と異りて鳥居派古来の筆法を用ひたり。元祖清信以来この一派固有の画風は清長に至りて今や僅かに劇場の看板と番付絵にのみその名残を留めぬ。
喜多川歌麿も安永天明の間豊章の名を以てしばしば役者似顔絵またはせりふ役者誉詞の表紙絵を描きぬ。然れどもさしたる特徴なければ論ぜず。吾人は唯歌麿がかつて役者似顔絵を描かずとなせし『浮世絵類考』の選者が誤謬を明かにせんとするのみ。鈴木春信も役者絵を描かずとなされたれどこもまた誤れり。
さて寛政年代に入り鳥居清長に代りて役者似顔絵の名人となりしものは浮世絵師中今日の日本人にもなほ広くその名を知らるる初代歌川豊国なり。豊国は歌川豊春の門人なれどもその初期の板画は筆法及び色彩共に鳥居清長に倣へり。清長時代の浮世絵師はその門人たると否とに論なく一般に甚しく清長の感化を蒙りし事あたかも明和年代の浮世絵が鈴木春信を中心とし安永年代が勝川春章を中心となしたるに異ならず。